ワンオペカウンターフレンチの厨房から――カスレが語る「伝統」の正体
冬になると暖かい料理が恋しくなりますね。
世界中に暖かい鍋料理がありますが、今日はフランス郷土料理の代表格とも言える「カスレ」の話です。
私のカスレに関する思い出といえば、2018年にパリに行った時に現地在住の同級生と訪れたビストロで食べたカスレ。
店の名前は覚えていませんが友人に洒落てなくていいからクラシックなスタイルの「これぞビストロ!」というところに行きたいとリクエストして連れて行ったもらった。わがままを聞いてくれた友人には感謝している。
そこで食べたカスレは美味しかった以上にボリュームに圧倒された記憶が強く残ってます。

お客さんとの会話の中でそんな「カスレ」を作る約束をしたので作り方を復習がてらカスレについて色々調べてみた次第です。
フランス南西部の太陽と大地の恵みを、ぎゅっと凝縮したような煮込み料理「カスレ」。 白いインゲン豆と、鴨や豚の肉を土鍋(カソール)でじっくりと煮込んだこの素朴な一皿は、単なる郷土料理ではありません。調べてみると実はフランスという国の**「バラバラなものを一つにまとめ上げる執念」**が詰まった、非常に哲学的な料理なのです。
今回は、カスレに隠された3つの物語を紐解きながら、私たちが「伝統」と呼んでいるものの正体について考えてみたいと思います。
1. 「三位一体」という、言葉の魔法
カスレを語る時、避けて通れないのが「どこが本家か?」という論争です。 カステルノーダリ、カルカソンヌ、トゥールーズという3つの都市が、それぞれ「うちのカスレこそが正統だ」と譲りませんでした。
ここで、ある料理評論家が驚くほど鮮やかな解決策を提示します。彼はキリスト教の「三位一体説」を引用して、こう言ったのです。
- カステルノーダリは「父」:すべての基本となる豚肉とガチョウの
コンフィを使ったカスレ - カルカソンヌは「子」:羊肉や山ウズラを加えた発展形のカスレ
- トゥールーズは「聖霊」:鴨のコンフィやトゥールーズソーセージなど
を加えた完成形のカスレ
「どれかが正解で、どれかが間違いではない。すべてが等しく、一つの聖なるカスレなのだ」……。 これは、地域の対立を「物語」の力で解決し、ただの煮込み料理を**「芸術(ガストロノミー)」の域まで引き上げた、魔法のような言葉**でした。
2. 「20年続く鍋」という、時間の重み
フランスの作家アナトール・フランスが、あるお店のカスレを**「20年以上、一度も火から下ろされず、中身を継ぎ足し続けている鍋」**と表現したと言われています。
もちろん、衛生的な意味でそのまま20年火にかけ続けるのは難しいかもしれません。しかし、ここで大切なのは**「かけた時間そのものが、最高の調味料になる」**という考え方です。 カスレは、その場でパッと作って食べる「点」の料理ではなく、過去から現在へと続く「線」の料理。一皿の中に、何年分もの歴史と記憶が溶け込んでいる。そんなロマンが、食べる人の心を震わせるのです。
3. 「伝統」は、変わり続けるからこそ生き残る
意外なことに、カスレの主役である「白いインゲン豆」は、16世紀に新大陸からやってきた「外来種」です。それ以前はソラマメが使われていました。
「伝統を守るなら、ずっとソラマメを使うべきでは?」と思うかもしれません。 しかし私が思うフランス料理のすごい所は、**「良いものがあれば、他国の文化でもどんどん取り込み、いつの間にか『自分たちの伝統』に作り変えてしまう」**という、強烈な柔軟性にあります。
これは、日本の食文化とは対照的で面白いポイントです。
よく日本の食卓には和洋中と各国の料理がある意味節操なく並ぶと言われる事があります。これは日本の寛容さを具体化した事象のように感じます。
しかし以下の様にも考えられます。
- 日本(並行型):カレーもラーメンも、元の形を尊重しながら「和食」と並べて楽しむ(八百万の神的な共存)。
- フランス(内包型):外来のインゲン豆を、自国の技術と物語で包み込み、「これこそがフランスの宝だ」と定義し直す(一つの完成系への統合)。
つまり和食の中には外国の食文化は内包されていないのでは?と言う事です。
異質なものを飲み込み、自分たちの「型」に落とし込んで、より高次元なものへと進化させる。カスレの中には、そんなフランス流の**「進化する伝統」**が息づいています。
おわりに
百年戦争という過酷な歴史の中で、人々の団結と生きる希望から生まれたカスレ。 その鍋の中には、単なる食材だけでなく、歴史の荒波や、異質なものを自らの血肉に変えてきたフランス人の知性が煮込まれています。
次にカスレを口にするときは、その一口に凝縮された**「時間の重み」と「文化の翻訳」**を感じてみてはいかがでしょうか。一皿の料理が、少しだけ違った景色に見えてくるかもしれませんよ。
